usagi-company-lab’s blog

最近は教育や社会の問題に興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

HSP(ひといちばい敏感な人)が自分を責める理由

こんにちは!
うさカンです。

ここ数日グチグチ書いてます🙏
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昨日はカウンセラーさんに、キャンセルのお電話を入れました。

そしたら、娘がコロナを怖がっているから行けない、という前提でお話が進んで行きました。

間違ってはいないけど、今回決断したのは私で、私が大人のくせに怖がっているのだと伝えられなくて、曖昧になってしまいました。

それで私はますます自己嫌悪になっていました。
(もちろんカウンセラーさんは何も悪くない)


私はどうしてここまで怖がっているんだろう?
普通の親なら、子供を学校や習い事に普通に行かせているんじゃないか。
友達同士でも以前と変わらず遊べる子も多いんじゃないか?

大人でも、もうとっくに普通の生活に戻っている人もいます。

でも私は念には念をいれてステイホームを続けています。
子供にも制限しています。

買い物や、ちょっとしたお出掛けはしています。
感染対策が大丈夫って思える範囲で出ていますが。


*****

私は5人に1人と言われるHSP(ひといちばい敏感な人)です。
全てにおいて敏感という訳じゃないけど、やっぱり普通ではないんだと思います。

他の5人に4人の親ができることができない自分を責めてしまいます。

そして、多数派のようにできない親で申し訳ない…と子供に対して思うこともあります。

民主主義では多数決で物事が決まるので、5人に4人のほうの意見が通るし、それが普通の基準になると思います。

だから、少数派の人間は自分が普通じゃないダメ人間だと感じることがあります。

でも、よく考えてみたら、外出自粛をするように言われているのに、学校はやっていてステイホームできないなんて、どちらが正しいの?と私は思ってしまいます。政策が矛盾だらけで、冷静に考えられないのかもしれません。

このまま感染が増えるのか、減るのか、今の時点では誰にも分からないのではないでしょうか。

だから、少数派の私の選択が間違えているとは言えないと思うのです。

でも、周りの状況を見ていると、私が恐れすぎているみたいに感じます。(誰にも責められている訳ではないのに、子育てのやり方に責任を感じてしまう)

世の中は、感染が怖くても外に出て働いてくださる方がたくさんいます。
生活のためにステイホームできない人もいます。
みんな頑張っているのに、私がステイホームするのは申し訳なくなってきます。


*****


きっと、不登校の子供たちでHSC(ひといちばい敏感な子供たち)だと、今の私と同じように思うのではないでしょうか。

不登校でもいいんだよ、と言われても、学校に行く多数派が普通に見えて、普通のことができない自分を責めたり情けなく思ったりしているのではないでしょうか。

それなのに、親からも責められてしまったら、可哀想すぎると思ってしまいます。

少数派の人の考えが、必ずしも間違っているとは限らないんだよ、と支えてあげたいな〜と思います。


人間は自由に考えて、感じて、選択してもいいんじゃないかな。

感受性の強さは人それぞれで、
どの程度のジェットコースターが怖いのか、
どれくらいのお化け屋敷が怖いのか、など、
人が自然に感じる感覚は変えられません。

学校に対する感受性も、コロナに関する感覚も、
敏感すぎるくらいに感じる人がいて、
いくら「恐れすぎ!!」と言われても、
怖いものは怖いのよ。



という訳で、
「私は駄目な訳じゃなくて、人と違うだけ」
と自分を慰めて、罪悪感を吹き飛ばしたくて、
昨日はいつもより家事を頑張りました。

チーズケーキを作りました。(失敗して余計に落ち込んだ😅)

娘の勉強をお休みにしました。

正しいことはひとつも分からないけど、自分を信じてできることを楽しもう、と

自分の気持ちに区切りをつけました。
自分をいくら責めても、自分の感受性は基本的には変わらないから意味がありません。

は〜あ、正しいかどうか分からないことをしている時って不安だな。

ただコロナから守りたいだけなんだけど。