usagi-company-lab’s blog

最近は教育や社会の問題に興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

病気と闘わない!

こんにちは!
うさカンです。

今日はこちらの本のご紹介です。

こちらの本はとてもよかったので、おすすめです。

なんか私、よかった本しかこのブログに紹介していないので、全部「いい本です!おすすめです!!」って書いちゃってますね😅

こちらの本の著者は、

慢性疲労症候群」という病気の方です。

我が家の娘は、起立性調節障害ですが、あまりにも長い療養生活なので、もしかしたら慢性疲労症候群?って思うこともあります。

原因は違うようですが、症状はとても似ています。

慢性疲労症候群は、脳の炎症が原因なんだそうで、普通のMRIでは分からないのだそうです。

そしてこの病気は、原因と治療法がまだ分からないのだそうです。


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さて、病気としては違いますが、症状が似ているということで、患者さんの体験、思うことなどは、そっくりのような気がします。

娘が発病した時、まだ小学生でしたが、
自分の症状をはっきりお医者さんに伝えられないことに、なんかモヤモヤしていました。

明らかに自宅では具合が悪いのに、

どこが痛いの?どう痛いの?

と聞かれても

「うーん・・・」
ということが多かったのです。

私は、細かいことを気にする娘が、
自分の発言で診断されたら困るから、はっきり言えないのかな、と思っていました。

キリキリ痛いところをシクシク痛いと言ってしまって誤診されたら大変と思っているのだろう、ちゃんと伝えなきゃと考え込み言葉が出てこないのだろうと思っていました。

ところが、この本に書いてあったのは、
毎日多彩な症状がありすぎて、
昨日はここが痛かったけど、今日はここが痛い、
先週は頭痛だったけど、今日は吐き気など…

言い忘れると、大したことはないんだ、と理解されてしまうけど、本当はひどい症状がありすぎて言い切れない、とかあるそうなんです。

なるほど〜と思いました。

大人は、子供が日本語をしゃべれるようになったら、お医者さんにも伝えられるし、下手に親が説明すると過保護だと診断されちゃうと思うけど、

大人の人(著者)が気持ち説明してくれると、とても分かりやすいなあ、と思いました。

きっと不登校の子供の理由も、いろいろあって、伝えることに混乱するんでしょうね💦

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わかりにくい病気(慢性疲労症候群線維筋痛症脳脊髄液減少症起立性調節障害)は、なかなか診断にたどり着けない、というのも同じでした。病院に対する不信感も同じです。

明らかに具合が悪いのに、「異常なし」と診断されたら、自分が悪いのかと思って自分を責めたり、自分は病気ではないと思い込んで頑張りすぎたり、というのも本当によく分かります。

この病気たちは、頑張って集中したら短時間なら出来る、という病気なので、普通に出来ると誤解されてしまう病気です。

本当は、普通の人なら難なく出来ることが、この病気の方たちは精一杯の力を出し尽くしていて、その後疲れきってしまう、という状態なので、やっぱり普通の生活は出来ないし、異常な状態なんですよね。

また、民間療法的な話も出てきました。
患者本人は、藁にもすがるような気持ちになって、いろんな健康法に頼りたくなるでしょう。

うちの子は、発症当時は10才でしたし、とても慎重なタイプなので、そういうことはなかったですが💦
でも、いいと言われていることは、いろいろ試してみたようです。

そして、保護者の私は、あまり民間療法的なものは、信頼していません。
まあ、栄誉とかは勉強したりしますが、病気は基本的に本人のものだと思うので、私が勝手にいいと思うことを押し付けたらいけないですよね。

ひとつ難しいな〜と思うのは、こうやって家族に問題がある場合に、良かれと思っていろいろ勧められることです。
我が家では、そんなに困ることはないけれど、やっぱり宗教や思想、物を勧めるなどは気をつけたほうがいいですよね。近い人だと断るのも難しいし。

いいと思うものは、「こんなのがあるよ〜」と伝えるのはいいと思うけど、それに無理矢理参加させたり、買わせたり、断りにくい雰囲気を押し付けないようにしてほしいです。

私の場合、前のブログでも書いたように、自分の経験もあって娘の辛さがよく分かります。
usagi-company-lab.hatenablog.com

娘は優先順位としては、吐き気と睡眠リズムを治したいようです。

日ごろから、足が重い、体がだるい、脳が疲れたなど、いろいろ聞いています。

10才のころはあまり具体的に言ってなかったけど、最近は症状を分かりやすく伝えてくるようになりました。病人として成長したんでしょうね💦

そんなことを毎日聞いていると、全部助けてあげたくなります。

でも、それは不可能なので、現実をそのまま受け入れることも大事だと思います。

「辛いよね」と言葉では寄り添いつつも、看病する側が慌てない、冷静でいることも大事です。そうすると本人も落ち着いてきます。

なので私のやり方としては、副作用の心配がないもの、薬や漢方薬やサプリなど、ドラッグストアの隅から隅まで試してきましたが、それは7年かけてゆっくり様子を見ながらやってきました。

病院だったらどういう処方をするのかな、その物質は市販薬だったらどの薬になるのかな、そういうことを徹底的に調べて、そして娘に

「飲んで見る?」と聞いて、本人が飲んでみようかな、と思うものだけ与えました。

飲んでみて、本人なりの感想で、どうするか決めてきました。

せっかくだから、もう少し続けて飲んで効果を見たいと思うこともあったけど、本人が一番感覚としていい悪いを感じると思うので、それを信じて、いくら自分がいいと思っても押し付けないように気をつけました。

10才の娘はもう16才になりましたから、立派な一人の人間です。
大人ではないけれど、人間対人間の付き合いでいかないと、うまくいきません。

まだまだ病気は続くかもしれないので。


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ところで、ヘルパーズハイという言葉があるそうです。ランナーズハイみたいな感じで、人助けでドーパミンが出てきて、脳が喜ぶ、幸せを感じるような感じです。

こういうことを経験すると、ボランティアがやめられないほど楽しくなったり、看護士の仕事を一度やめても、やっぱり戻りたくなるなど、
やりがいがないことがつまらなく感じたりするそうです。

私の場合は、まさにそれです。

人の病気を楽しむなんて趣味が悪いですが、

でも、看護や介護には、楽しむ気持ちも不可欠だと思うんです。

私は、娘の病気を自分なりに解明していくのが楽しいし、マッサージなどしてあげて喜んでくれると、何も見返りがなくても嬉しいんです。

そういう気持ちでいられるコツは、たぶん自分軸を忘れず、病気の人に振り回されないことです。

本書の中で、著者が病気の体でお母さんの看病をされた話が出てきます。

一見、とても大変そうで、周りから見れば、親子共々病気なんて不幸だね、と思われそうだけど、そんなことはなかったんですね。

同じ病気ではないけど、病人同士で気持ちが通じあってとても楽しそうだし、お互いに気持ちが分かるからこそ、相手に尽くしすぎない。
そういうことが出来たんですよね。

ついつい健康だと、限界知らずでとことん尽くしてあげなきゃ、と自分の首を締めてしまうような感じになるけど、それでは楽しく過ごせませんよね。

私も、特に自分が病気になってからは、お互いに使えない二人で苦労も多かったけど、どちらか動けるほうが助けるって感じで乗り切ってきました。

娘のほうにも看護する側の気持ちが育ったので、最近では私が頑張りすぎないように見張られてます😅

娘は慎重だけど、私はすぐに調子に乗っちゃうんだよね💦

とにかく、自分のできるペースを大事にして、
自分が疲れている時には、
「ごめん、今日は出来ないから自分でなんとかして」って日もあっていいと思います。
自分で出来ない時には、他の人に頼るとかお任せするとかね。

そうやっている時間が、実は患者として成長する場面でもあったりするので、そこは子育てとも似ていますよね😀

そして、いつも自分が機嫌よく患者さんに関わることは、一番大事なんだと思います。

患者さんは辛くて苦しいのに、その上イライラされたら悲しいですよね。

そうならないように、自分の気分転換の時間もとっても大切なんだと思います。

近くで娘を見ていると、私が冷たいように感じられることもあると思います。私も自分の限界以上に頑張りすぎて、それでもまだ足りないと思いながら過ごす日もありました。

でも、いくら私が頑張っても、治らないものは治らないのもまた事実。

こういう感じで、一番成長してきたのは私だと自分でも思います。

最初は病気のことなんて何にも知らなかったのに、そこから知識も経験も増えてきて、

娘の病気自体は治っていないけど、親子関係としてはお互いにいいバランスでストレスなく過ごせていると思います。

私は娘のお世話をするのが、自分の生き甲斐であり楽しいけれど、そこだけにならないように、自分のことも次女のこともバランスを見ながら過ごしていますし、何よりも休憩多めが私の今の体力です。


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先日、娘が、「退屈〜」といつものように言ってきました。

せっかく昼間に起きてても、やることがないのは虚しいです。

でも、いつものようにダルいし全身疲労で何もやる気がしないようです。

それで、私が「習字は?」と聞いてみました。

娘は病気になる前まで習字を習っていて、体調が悪くなって通えなくなり、尻切れトンボでやめました。

娘は最初は「めんどくさい」と言っていましたが、私が用意と片付けやってあげるから、やったら?と言ったら、しばらく考えて、

「やっぱりやろうかな」と言ってきました。

娘が10才だった頃、まだ何の病気かも分からなくて、工作とか手芸とか、元気になると材料を引っ張り出してやっていました。

盛大に広げて片付けないので、部屋が散らかるばかり💧
私はいつも、そういうところにイライラしていました。

「やってもいいけど、ちゃんと片付けてよ!」

片付け方を工夫しても、なかなかうまくいきません。

今考えると、自分でやりたいことを見つけて挑戦していたんだな〜。すごいな、と思うと同時に、

片付けまでの元気はなかったんだな、と分かります。

パワーが普通の人より少ないから、楽しむところだけできても、片付けまでのパワーはなく、そのまま途中で放置してました。

続きをやりたいけど、途中で力尽きてしまったり。


そのあと、今度は、ママ(私)に申し訳ないと思うようになった娘は、いろんな事にトライしないようになりました。

どうせ最後まで出来ないし。
片付けめんどくさいし。
やる元気ない。

そんな期間が随分あったような気がします。

そして今は、私も娘の病気の本質が分かり、
とにかく何かに挑戦しようと思う気持ちが出たら嬉しいし、いろんな暇つぶしをして欲しい。

病気があっても、少しでも楽しく過ごして欲しい、

そんな思いが通じて、娘も遠慮なく甘えてくれるようになりました。

お互いにイライラも意地の張り合いもなくなって、いい感じだと思います。

準備や片付け、いろんなお膳立てや後始末なども、ヘルパーズハイと思えるようになりました。

娘が楽しい時間があれば、それでいい。

自分も同じくらい楽しもう。

そして休憩も忘れずに。


*****

本の感想と、私の経験や気持ちが混ざってしまいました。

この本は、著者の目から見た、病気との付き合い方ですが、病気の方はもちろん、障害の方や普通の人、全ての人の生き方の参考になるな〜と思いました。

病気や障害がなくたって、人生にはそのまま受け入れるしかないことっていろいろありますよね。

そういう時にどういう心持ちで生きるのか、というのは、難しい病気を経験された方から学べることだと思います。

よく、バリアフリーはみんなの為になる、みんなの快適っていうけれど、弱者から学べることってほんとに沢山あると思うんですよね。

なので、一度その目線になってみることが出来たら、また人生より良く変わるんじゃないかな、と思います。