usagi-company-lab’s blog

最近は教育や社会の問題に興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

学校に行く意味あるのかなあ?

こんにちは😀
うさカンです。

先日、娘の学校のホームページを見て、気が付いたことがありました。

そこには、学校の目標、目指す児童像が書かれていました。

「明るい子」「元気な子」「頑張る子」「じょうぶな子」

うーん、これは私には違和感しかありません。

子供だって、
そんなに明るくないタイプの子がいたっていいじゃない?
元気じゃなくて大人しい子がいてもいいんじゃない?
頑張ることは時として強制されないほうがいいんじゃない?
じょうぶな体として生まれることが出来ない子もいるんじゃない?

かなりひねくれた見方だと思われるかもしれません。
でも、男は男らしく、母親は母親らしく、子供は子供らしく、と役割を強要されているような気がして、理想の子供像がとてもステレオタイプ的な感じがしました。


今は昭和じゃなくて令和なんだから、子供にも多様性を受け入れてほしい。

まずは、どんな自分でも素敵な命、大事な命だよ、と教えるような学校がいい。

私だったら、
いろんな人の多様性を理解できる子供、
自分の人生を自分で選んで受け入れていける子供、
目標や幸せについて自分なりに見つけられる子供、

見た目や性格や体の強さを指示しないでほしいです。

そんな目標の学校なら行かせたい!と思います。


*****

今はコロナで学校もとても忙しく頑張ってくれていると思います。
そこで多様性を求めるのは無理があるかな〜と思います。

実際問題、きちんと感染対策できる子供しか受け入れられないと思います。

どんな子供も入れる学校にしたら、どんどん児童数が増えてしまい、さらに密になってしまいます。

そういう意味で、私は娘が学校に行かなくてもいいと思っています。

こんな学校でいったい何を学べるんだろう…と疑問に思ってしまいます。

もし、コロナにかかり、子供が軽症や無症状だったとしても、後遺症が出てしまったら、学校では安心して受け入れてくれるんでしょうか?
「元気でじょうぶな子」は偶然であって、中には頑張ってもそう出来ない子供もいることに気がついているのかしら?

もちろん、「元気でじょうぶな子」になるために、規則正しく生活しましょう、運動しましょう、しっかり食べましょう、と指導したいのは分かります。

子供のうちから成人病予防は大切です。

でも、規則正しい生活が出来ない病気の人、運動が難しい体の人、たくさん食べるのが苦手な子供は、この「理想の子供像」を聞いて、傷つきませんか?自分は駄目な人間だと自分否定しませんか?

こういう目標があることで、先生方は過剰に頑張らせたり、指導の行き過ぎになりませんか?

世の中には、できる子供もできない子供もいる前提で、得意も不得意もひっくるめて安心できる居場所になってほしいと思います。


*****

公立の学校で、できる子供のみ受け入れるということは、偏見と差別だと思います。

マイノリティでも入れる学校を作ることは、多様性を学ぶ、とてもいい機会です。
そもそも、お金がある人は、私立とかフリースクールとか自由に選べばいいけれど、お金がない家庭の子は、無料で義務教育を受けたいです。無料で安心できる居場所が欲しいです。

学校で、いろんな人がいて当たり前なんだな、と感じることが、自分も他人も肯定して生きていくということなんだと思います。だから、もう少し子供たちのことを研究してほしいです。どういう学校が安心で楽しいのかな?


お笑いタレントさんだって、「明るい」ばかりじゃないじゃないですか。

いろんな感情、様々な性格があっていいじゃないですか。

多様な人間性があったほうが楽しいし魅力的じゃないですか。

大人の社会だって、そういう価値観でいれば、

「理想の子育て」「理想の母親像」などに振り回されるストレスはなくなるんじゃないかな。

子供だって、ありのままの価値を認めてほしいと思います。

もし、娘が学校に通いたいと言い出したら、これはしっかり伝えるべきことだと思います。

地域の学校の価値観がこれでは困ると私は思います。

でも、現場の先生ひとりひとりを見れば、本当に素敵な先生、頑張っていらっしゃる先生は沢山です。

問題はやっぱりトップの考え方なのかな〜。

もちろん、こんな学校ばかりじゃないと思いますけどね。

学校で真逆のことを学ばないように願っています。