usagi-company-lab’s blog

最近は教育や社会の問題に興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

こどもの居場所

こんにちは!
うさカンです。

こどもに限らずですが、
人間は社会的な生き物で、人と関わりながら生きていくことが幸せのひとつだと思います。
それを求める行動が自然なことだと思います。

この基本的なことを理解してる人ってどれくらいいるのだろうか?と思います。


私の子供が不登校になった時、学校には私の子供の居場所はない、と感じました。
それまでは楽しく通っていたのに、体調が悪くなってみんなについていけないことが増えてきたら、本当に苦しい場所になりました。
学校には、テストや宿題や課題があり、みんなで協業することにも順位があったりして、どんな子供も無条件に受け入れる場所ではないんだ、と初めて知りました。
病気の子でも、周りの足を引っ張る存在として注意され、もっと努力するように言われる。
それができないなら、みんなの迷惑になるから遠慮してください、そんな対応にがっかりしました。

(当時は診断はまだ分かりませんでしたが、それにしても、病気でも障害でも、そうじゃなくても人間であることには変わりません)


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実は我が家では下の娘も学校に通っていません。
最初の入学式の時点で心因性頻尿だったので、しょうがないかな、と思います。
当時はいろいろ試してみたんですけどね。教室に入ることも、学校の建物に入ることも恐怖になっていって、馴染むことができず、学校に人員的な余裕もなく、もう無理だなって思いました。

そして、私は長女の経験から、学校が必ず正しい訳ではないとも分かっていたので、合わない環境に行く必要はない、と思った頃にコロナがやってきました。


コロナ休校、などを経て、結局現在の娘は自宅学習というか、ホームスクールというか、不登校です。
学校との連絡は、学期に数回、うまく見守ってくれて放置してくださる感じが、我が家にとっては過ごしやすいです。
たぶん先生も多忙なので、そうなるんでしょうね。いつも電話が来ると謝ってこられます。
間があいちゃってすいませんと…。

私は勝手に、我が家の様子を見て、この家庭は放置してても大丈夫だな、と理解してくださってると思っています。…どうかな?



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我が家の場合は、姉妹がいて、親の私たちも理解があり、いとこたちと遊ぶ機会もあります。
不登校の中では人間関係に恵まれているほうだと思います。

それでも、友達が欲しいっていつも言っています。

子供たちには居場所が必要です。

サードプレイスなんて贅沢なことは言ってられず、まずはファーストプレイスが必要です。

自分の性格、能力、特性などがどんな状態であっても、認めて受け入れてくれる場所。

そういうところがどこにもないと、我慢が爆発して人間は壊れてしまうんじゃないか、と私は思います。

だから、たまたま学校に居場所がない娘たちには、

勉強が出来ても出来なくても、学校に行けても行けなくても、大切な存在だよって伝わるように毎日育てています。


こういう時に、家庭に居場所がないと感じている子供のことを、すごく考えてしまいます。

学校が心から楽しく、居場所として認識できていて、安心安全に過ごせているなら、家庭環境が複雑でもきっと学校が支えになるでしょう。

でも、必ずしも家庭環境は恵まれている人ばかりではありません。
暴力、虐待、教育虐待など、自分を自分として認められず、怒られて否定されて、親の言いなりにさせられている子供も多いと思うのです。

親は親になるための勉強とか、
人間は居場所が必要なんだとか、
子育てってなんなのとか、

そういうことは知らないし、
誰でも資格なしでなれるんです。

昔は家族の人数が多くて、
見て学ぶことができたかもしれないし、
近所のサポートみたいなことがあったかもしれません。

今は、社会に怒られないように、
人の目を常に気にして育てなければなりません。

そして、時として学校が正しくないのに、正しいと思わされているかもしれません。

誰をお手本に子育てすればいいのか、難しい時代なんだと思います。


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不登校

子供の目線から見たら、自分の家族が自分のありのままを認めてくれて、温かく見守ってくれたら、きっと充電してまた歩いていけるんだと思います。

でも、家庭に居場所がない、居づらい子もいるだろうから、学校の存在は大切で、誰でも優しく受け入れてくれる場所であり続けて欲しいです。
先生や友達に囲まれて、優等生じゃなくても認められて楽しく自分らしく見守られる存在があれば、きっとうまく生きていけるんじゃないかと思うんです。

そして学校では、いわゆる勉強よりも大事なこと、

人間とは?
社会とは?
幸せとは?
自分らしく生きるとは?

答えはひとつではなく、
お互いを否定しあわない、
多様性…

そして子育てとは何なのか、
人間の付き合いとは何なのか、

そういうことを、頻繁に、具体的に伝えて欲しいと私は思います。

先生は子供をジャッジしない、

親は子供を否定しない、

何故それが必要なのかというと、

人間の暴走を引き起こさない為。

大きな事件をおこしても、自暴自棄になっても、
何も解決しないから。

社会の安全のためにも、
自分を大切にしてほしいし、

自分が生きてることを歓迎される居場所があれば…


不登校になっても、
偶然、誰かに恵まれれば、きっと立派に生きていく。

でも、それは運だから、本人のせいじゃないと思う。

育て方、支え方って
とっても大切だと私は思っています。

学校を改善しないと解決しない、社会問題があるって思います。

そして子育て中の親は、いろいろ迷いますが、
やっぱり子供の存在が大切なんだってことは、
伝え続けることが大事なんでしょうね。

どんな選択がいいのか悩みますが、
答えはひとつじゃないし、
親子で対等に話し合うことしか
みえてこないのかな。

他人の目を気にしてもしょうがないこと、
いろいろありますもんね。


私は病気の子供を育てることで、
こういうことを教えてもらってきました。

学校や社会に受け入れてもらうことが難しくても、
私にとっては、ものすごく有り難い存在です。

いろんな事を学び、下の娘の子育てにも役立っています。

病気や障害の子供を育てていると、
最初はとても大変で、慣れるのに時間がかかりますが、

きっとそういう子育て経験から、
こういう人の存在がとっても大事なんだと
気付く訳です。



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参考資料



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