usagi-company-lab’s blog

最近は教育や社会の問題に興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

自分を責めないで生きていこう

おはようございます。
うさカンです!

突然ですが、私の体が弱くて、いろいろと不自由してきたのですが、心が壊れる前に体が私を守ってくれていたんだな~と思います。

そうは言っても、体調不良は本当に辛いもので、やっぱり苦労の多い人生でした。(と自分では思っている)

一番辛かった最近の記憶では、娘が心因性頻尿だった小学校一年生の時。

その頃の私は子宮筋腫の手術前で、治療のためにリュープリンという注射を定期的に受けていました。その副作用がひどかったんです。

そんな中で、娘を学校や病院に連れて行かなきゃならなくて、かなり悲惨な状況だと思っていました。

夫が私の病院のために休んでくれたりしてたけど、毎日の生活に全然手が足りなくて、娘の病院の待合室でぶっ倒れそうで、もう泣きそうでした。

そして手術のあとも、なかなか体調が復活せずに、それでも頑張っていたのですが、

もう無理!と決断して、学校に通うことをやめました。

そこには、
娘は元気なのに(もう頻尿は治っていた)、
私が付き添えば登校できるのに、
親の都合で娘を休ませてもいいのか?
という葛藤がありました。

でも、誰も助けに来てくれる訳ではありません。
学校に行けば、病院に行けば、みんな優しく助けてくれるけど、そこまで行くのが大変なんだよ。
もう体も心も限界です。

素直にそう学校に伝えました。

もちろん、学校は、そんな私を責めることも出来ずに、お大事にといつも私の体を気遣ってくれました。

そして、ものすごく私にとってはラッキーなことが起こりました。

コロナウイルスで、みんなも休校になったのです!
これで、うちの娘はみんなと同じになりました。
私の心の負担が取れました。

そして、そのうちに夫もテレワークになって、みんながお家にいて、規則正しい生活ができるようになりました。

私は心も体も安心して静養できて、そしてだんだんと元気になりました✨


*****

無理をすれば、それだけ治るのに時間がかかる、と頭では理解できても、現実社会に生きていれば、逃げ道がないように感じることが多いと思います。

それでも、自分を守ることが大切なんだと思います。自分に余裕がなければ、他人に配慮したり、優しく接することが難しいと思います。

そして、私が一番ハッとしたのは、

娘(長女)が自分を責める姿を見ることでした。
きっと娘はとても辛かったと思います。
母は病気、自分も病気、妹も病気…

ほんと笑っちゃうくらい悲惨でした。

そんな中で、何か出来ない自分を責めたり、自分のせいじゃないことも背負いこんで責めていました。

きっと私の役に立ちたい、助けてあげたいと、優しい気持ちが自分を責める行動につながってしまうんだろうな〜と思っていました。

たぶん本人は無意識だったと思いますが、

見ている私はものすごく辛かったです。

私の大切な人が、自分を責める姿って、こんなに辛いんだ、と学びました。

それからは、私は自分を責めることはやめました。自分を責めることに「ひとりよがり」な感じがしてきたのです。

自分を責めても、自分は辛いし、周りも辛くて、いいことがないと気が付きました。

だから私は、いつも明るく、なるべくバカなこと(?)を言って、なるべく楽天的な態度に過ごすことを決めました。

子供たちは、いつもオヤジギャグでウザいお父さんにママが似てきた💦と言います。
それが大成功の証で勲章だと私は思っています😅

私がどんなに深刻でも、夫がくだらないこと言ってくれると、悩んでいる自分がバカらしくなってくるんです。

そんなこんなで、いつの間にか長女も自分のことを責めなくなりました。
お互いに、自分のことを大切にできるようになったかな??

悩んでいるのがバカらしいと思うこと自体、難しいことだと思います。

だけど、世の中どうなるか分からない。
いつ地震が来るか、いつ富士山が噴火するか、
いつ洪水やがけ崩れが起きるのか…

分からないことだらけだから、
とりあえず今日一日を楽しく過ごさないともったいないよね、と思うようになりました。

コロナ禍でさらに死の存在を意識したことも理由かもしれません。

今日一日を、悩んで過ごすのか、何か小さな幸せを見つけて満足して暮らすのか…

そう考えたら、
なんとなく今変えられないことに悩む時間がもったいなく思えて、

たとえ自分の体調が悪い日でも、漢方を飲んだりストレッチやツボ押しなんかして、なんとか少し楽になって、そして出来ることを楽しもう!

そう思えるように変化してきました。


*****

人間を変えることや変わることは難しいと思います。
でも、自分一人で考えていると視野が狭くなって、出口がないように思えてきます。

本当は時は毎日流れているし、出口がないことなんてないんだと思います。

脳や心や体が疲れていると、認知の歪みにつながりやすいのだと思います。

だから、病院なり、カウンセリングなり、友達や家族など、誰かに話してみたり、相談して広い視野を感じることがいいと思います。

そこまでの気力をまず養う必要がありますね。


さて、私は何か出来ないことがあった時には、いつも考えていたことがあります。

どんなに元気で準備万端な人でも、当日、発熱したら全て出来なくなってしまうことがあります。
風邪でもインフルでもコロナでも、キャンセルになってしまうことはあります。

そういう時に、自分を責めてもしょうがないから、ゆっくり静養しますよね。

自分でも子供たちでも、熱はなくても同じように出来ない時もある。

そんな時には、自分が駄目だから、弱いからではなく、心身が健康な人でもアクシデントはあるよね、と思うようにして過ごしてきました。

気持ちを割り切る方法です。

そうやって、今出来ることをやるだけに専念しているうちに、少しずつ出来ることが増えてきました。

ゆっくりだっていいじゃない。

そのうちゴールが見えてくるよ。

そんな感じに、けっこう適当に生きてみると、

生きづらさを忘れて、日々を楽しむようになりました。

どんな時でも「楽しむ」を出来るようになってきましたよ!


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今日は選挙。

世の中を変えたい!今に満足してない人は多いでしょう。

選挙に行こう!と言われても、そこまでの元気がない人だっていると思う。

健康で選挙に行く気満々だった人でも、今日運悪く発熱して行けない人だっているはず。

人にはいろんな事情があります。自分も他人も責めないで。


選挙は学校と同じだと思います。

義務ではなくて権利!!

行かなきゃもったいないのも正論だし、
行ったほうがいいのも分かるけど、
でも無理な人もいるでしょう。

だからこそ、元気な人は頑張って行ったらいいし、出来ることをやるのは、出来ない人の為でもある。

逆に政治家は、行けない人の気持ちまで汲み取って考えていける人が当選してくれるといいな〜と思います。

良い世の中に変えたい気持ちは、今出せる人は精一杯出せばいいし、

今が無理な人はまたチャンスが巡ってくるから、
今は元気な人に任せてみよう。

自分を責めず、今できることをやろうね。