usagi-company-lab’s blog

最近は教育や社会の問題に興味があります。どうぞよろしくお願いいたします。

自然とIT

 こんにちは!

うさカンです。

なんだか難しいことが書いてある、こちらの記事の感想を書いてみます。

 

news.yahoo.co.jp

 

 

 

不登校の子供たち、いろんな人が混ざっていたらいい説、これは確かにあると私も思います。

いろんな人がいるから、自分を知ることが出来るし、自分の役割が生まれてくる。

そして、いろんな人の環境を知ることで、自分自身にも納得できること、妥協出来ることもあると思います。

 

そんなことを知れば、生きやすくなることは間違いないって私は思います。

 

そして長女の時から、学校では一応縦割り交流の時間はありました。

でも、なんとなーく「やらせ感」があるような気がしてたんですよね💦

上辺だけ混ぜてみても、なんかあまり意味ない気がしていました。

(結局同じ価値観の人間しかいない?)

 

もっと潔く、大胆な方法じゃないと、あまり変わらない気が・・・

うちの子たちは、低身長さんなので、下の学年の子たちに見た目で負けてて、なんか可哀想でした。

混ぜても結局比べてたと思います。

 

でも、今は家庭(親族)内の安心できる環境の中で、上は17才、下は3才という交流ができていて、みんなのびのび^_^

誰と比べることもなく、自分がやりたいように、自然に下の子のめんどうをみたり。

 

こんな交流、昔はご近所さんとの遊びの中にもあったな~。

 

 

*****

 

 

ところで、我が家の娘を見ていると、そんなに生活の全てがIT一色になる気はしないんですよね。

うちはゲームもアイパッドも時間制限はしていませんが、自分なりにいい塩梅を見つけて、自然とも共存しています。

何故なのかしら?

やっぱり人間の本質として、

 

「人とリアルに会って楽しむ」

だとか、

「自然の中で安らぐ」

だとか、

「リアルに体を動かして作業する」

 

みたいなことが楽しいと思う本質みたいなことが、根本的にあるんじゃないかしら?

 

逆に自分の心や体の声を無視し続けるような生活をしていると、ストレスから逃げる為に、本当はやりたくもない世界にどっぷり依存してしまったり、

本当の自分がわけわからなくなってしまうのではないか?という仮説が私の中には浮上してきています。

 

みなさんは、どう思われますか?

 

 

*****

 

 

これからの時代は、バーチャルの世界とか、デジタル化は避けられないと思います。

それによって便利さも沢山あると思います。

だけど、それに流されない「自分」というものも、しっかり形成しておかないといけないのだと私は思っています。

自分はどう生きていきたいのか、考える時間も大切なのかな?

もちろん、知らないうちに人生が終わってた、という生き方もアリだと思います。